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大阪高等裁判所 昭和58年(う)247号 判決

被告人 大阪産業株式会社 ほか一人

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書及び同補充書記載(ただし、弁護人は仕入(材料)及び広告宣伝費に関する事実誤認の主張を撤回した)のとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意第一点 事実誤認の主張

論旨は要するに、原判決には次のような重大な事実誤認があり破棄を免れない、という。

一  原判決は、本件法人税逋脱につき、被告人高橋がその妻高橋カイと共謀した旨認定しているが、共同謀議の事実、もしくは共同加功の事実について、両名ともこれを否認しており、他にこれを認めるべき証拠は存しない。

二  原判示第一は、その別紙(一)修正損益計算書において、犯則金額を左記勘定科目につき、左記原判決認定額もしくは認定理由のとおり認定しているが、これは調査及び捜査段階における供述を信用し、被告人高橋の法廷における供述の信用性を認めない誤つた証拠の価値判断によるものであつて、左記控訴主張額もしくは主張理由が正当である。

勘定科目

原判決認定額もしくは認定理由

控訴主張額もしくは主張理由

社交係報酬

(支出)

一、二八〇、〇〇〇円

一、五〇〇、〇〇〇円

接待交際費

六、〇〇〇、〇〇〇円を接待交際費と認定

同上額を従業員募集費と主張

修繕費

原判決認定額のほかに 二、八〇〇、〇〇〇円

雑費

原判決認定額のほかに 四〇、〇〇〇円

雑収入

八、九二八、一九〇円

七、八四四、一九〇円

(友の会関係一、〇八四、〇〇〇円は預り金である。)

受取利息

七四、七三四円

五八、七七六円

三  原判示第二は、その別紙(三)修正損益計算書において、犯則金額を左記勘定科目につき、左記原判決認定額もしくは認定理由のとおり認定しているが、これは原判示第一事実におけると同様証拠の価値判断を誤つたものであつて、左記控訴主張額もしくは主張理由が正当である。

勘定科目

原判決認定額もしくは認定理由

控訴主張額もしくは主張理由

売上高

二三、九〇七、八八〇円

二二、一一七、五〇〇円

接待交際費

六、〇〇〇、〇〇〇円を接待交際費と認定

同上額を従業員募集費と主張

修繕費

原判決認定額のほかに三三〇、〇〇〇円

雑費

原判決認定額のほかに一三〇、八五〇円

雑収入

九、四二七、一三〇円

八、三八一、五三〇円

(友の会関係一、〇四五、六〇〇円は預り金である。)

右のほか架空計上分

△一五、〇〇〇、〇〇〇円

受取利息

一六四、五二二円

四四、七三六円

そこで所論にかんがみ記録を精査し、かつ、当審における事実調の結果をもあわせて検討し、次のとおり判断する。

一  先ず、妻高橋カイの共謀の点については、原判決挙示の関係各証拠によれば、同女は被告人高橋達雄の同居の妻で、同被告人が業務を統括する被告法人大阪産業株式会社の風俗営業アルバイトサロン、ニユー火星が現在の場所で営業を始める前に、同所でアルバイトサロン火星を経営し、その後は特殊浴場業等を営業する有限会社徳島商事の実質経営者として業務を統括するところ同有限会社の業務に関し法人税を逋脱したという公訴事実によつて訴追されている者であること、同女はまた右ニユー火星の所在する建物の所有者兼賃貸人であること、被告法人、右有限会社徳島商事、被告人達雄、右カイ等に関する証拠資料が右カイの居宅に混在している状況で差押えられていること、右カイが被告法人の従業員に対しホステス関係等につき助言している場合が存すること、右カイの当座預金口座に不足が生じた場合、被告人達雄が被告法人の簿外資金を振込んでいること、右ニユー火星のビルの賃借料が被告法人の簿外売上金等から払われ、かつ、その領収書も通帳も作成されていないことなどが認められ、これらに徴すると、右カイにおける被告法人の営業に関する相当密接な関係がうかがわれるのであるが、更に検討を加えると、前認定の被告人達雄の営業、業務統括と同カイの営業、業務統括はそれぞれ別個のものとされており、右カイが被告法人の業務に関し同法人従業員に金員を交付した場合も、その金員は同女が被告人達雄から交付を受けた金員であること、右カイの当座預金の不足分として振込んだ被告法人の簿外資金も後日被告法人に返済された旨述べられていること、右ニユー火星の賃料は正当な賃料であり、特に簿外売上金等の隠匿等の方法として相談処理された形跡が見受けられないし、右差押物等の混在の状況も、被告人達雄と右カイとが同居の夫婦であることに徴し、必ずしも右カイが被告法人の経営に関与していた証左とはなしえないこと、そして全記録によるも、右カイが被告法人の簿外現金、簿外預金等の設定管理にかかわつていたことを認めさせるに足る直接の証拠が存しないことに照らすと、右カイが被告人達雄と本件に関し、不正の行為により法人税を免れる共謀をしたことを認めるに足る証明がないといわざるをえない。

してみると、高橋カイの共謀を認めるに足る証明がないのに、同女との共謀を認定した原判決には、この点につき事実の誤認があるというほかはないが、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人達雄は被告法人代表取締役としてその業務全般を統括し、本件法人税逋脱に関する不正行為の全事実を実行したことが明らかであり、右誤認の点は本件の基本的構成要件はもちろん、罪の客観的成立範囲、実行行為の方法、態様等になんらの変更をきたすものではないと認められるから、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。所論は結局採りえない。

二  1 次に原判示第一事実中の社交係報酬の点については、原判決が「社交係報酬について」として説示するところは適切相当と認められる(右説示中紹介料について三五万円とあるのは三六万円の誤記と認める)。ちなみに、所論の根拠の一つとして原審において入店祝金につき八万円の具体的指摘がなされているが、(原審弁護人の昭和五五年一一月七日付意見書、付表五枚添付。)そのうち六回計六万円は各ホステスが入店後一〇か月を超えるため支給基準に該当しないものであり、右付表中の二九五番若尾の昭和五〇年の三月及び四月の二回計二万円は査察官による○印がなく計上洩れと認められるが、検察官(及び査察官)の推計による入店祝金九二万円中には支給基準に該当しない実働日数二〇日未満の右付表中六〇番大津同五〇年九月、一五八番立花同五一年一月、二六一番美沙同五〇年五月、二七九番彌生同五〇年四月の四回計四万円が計上されていると認められることなどにかんがみると、支給基準に従えば入店祝金の合計が九二万円を超えることになりえず、紹介料三六万円を加えて社交係報酬を一二八万円と認定した原判決は正当である。所論は採りえない。

2 また原判示第一、第二事実中の各接待交際費の点については、原判決が「接待交際費について」として説示するところは適切相当と認められる。ちなみに、他店に勤務中のホステスであつても、自社へ引き抜くための交渉対象者は、近い将来自社事業に直接関係を持つに至り得べきもので、現に間接に自社の利害に関係ある者であつて租税特別措置法六二条四項に規定する「事業に関係のある者等」に含まれ、本件各費用が同条に定める「交際費等」に該当するものというべきである(参考。東京地方裁判所昭和四四年一一月二七日判決、行集二〇巻一一号一、五〇一頁。税務経理協会発行、米山釣一著、交際費一一版三六頁・三八頁)。なお、本件では犯則金額にあたる接待交際費各六〇〇万円がいずれも全額簿外経費として認められて損金不算入額がないので、接待交際費と認定することによる逋脱所得への影響はない。所論は採りえない。

3 更に原判示第一、第二事実中の各修繕費の点については、原判決が「修繕費について」として詳細に説示するところは、まことに適切であつて付言の要をみない。ちなみに、所論は原判決が右説示にあたり証拠の標目として掲記されていない収税官吏小谷道雄作成の領置てん末書によつて認めている点を非難するが、右領置てん末書を除いても原判決挙示の関係各証拠により右原判決の説示を十分に肯認することができる。所論は採りえない。

4 更に原判示第一、第二事実中の各雑費の点については、原判決が「雑費について」として詳細に説示するところはまことに適切であつて付言の要をみない。所論は採りえない。

5 更に原判示第一、第二事実中の各雑収入の点については、原判決が「雑収入について」として詳細に説示するところはまことに適切であつて付言の要をみない。所論は採りえない。

6 更に原判示第二事実中の売上高の点については、原判決が「売上高について」として詳細に説示するところはまことに適切であつて付言の要をみない。所論は採りえない。

7 更に原判示第一、第二事実中の各受取利息の点については、原判決が「受取利息について」として詳細に説示するところはまことに適切であつて付言の要をみない。所論は採りえない。

三  なお、記録によれば弁護人も指摘するとおり、原裁判所は原判決後、判決中に明白な違算を発見したとして別紙のような更正決定をしたことが認められるが、右更正決定は原判決を更正する効力を有しない無効なものというべきである。なぜならば、原判決書自体又は記録に照らし、右決定が更正する部分に該当する原判決書中の数多くの箇所にわたる数額の記載がいずれも違算であることが一見明白でなく、原判決書及び記録を精査するとようやくにして、原判示第一事実においては、その別紙(一)修正損益計算書中の当期仕入高欄の犯則金額等について、これを検察官主張額に一三万二、〇九三円を加えた金額(簿外仕入高中酒類以外の材料の部分についての、原判決の「仕入れについて」の説示中の認定七五万一七三七円と検察官主張額六一万九、六四四円の差額)とすべきであるのに、誤つて七五万一、七三七円を加えて算出記載し、この誤つた金額と他の諸勘定科目の金額によつて所要の損益計算をなし、右誤つた金額を引継いだ当期所得金額を算出し、これの犯則金額を原判示第一の総所得金額とし、この金額に所要の税額計算をし、法人税額を算出して逋脱税額を認定していること、また原判示第二事実においても、その別紙(三)修正損益計算書中の材料仕入高欄の犯則金額等について、これを検察官主張額に二万二、四〇〇円を加えた金額(簿外材料仕入高中酒類以外の材料の部分についての、原判決の「仕入れについて」の説示中の認定四六万四五六円と検察官主張額四三万八、〇五六円の差額)とすべきであるのに、誤つて四六万四五六円を加えて算出記載し、更に未納事業税欄の犯則金額等について、これを原判示第一の前記誤つた算出金額に基づく総所得金額を基礎として所要の税額計算によつて算出した未納事業税額を記載し、これらと他の諸勘定科目の金額によつて所要の損益計算をなし、右誤つた金額等を引継いだ当期所得金額を算出し、これの犯則金額を原判示第二の総所得金額とし、この金額に所要の税額計算をして法人税額を算出して逋脱税額を認定していることが認められる。右のように原判決においては、算出金額の誤りの存在が一見明白でないうえに、当初の誤つた金額算出に基づいて次の関連計算がなされて総所得金額が算出され、この金額に所要の税額計算をして法人税額が算出されるなどしている。このことにかんがみると、原裁判所の原裁判時の判断認定は、原判示罪となるべき事実記載どおりの各総所得金額、各逋脱法人税額であつたものと認めるのが相当であり、前記更正決定の内容をもつて更正決定の許される書き損じのような明白な形式的誤謬ということはできず、右更正決定は、原判決を更正する効力を有せず、無効のものと考える。

そうすると、原判決には前記誤つた金額算出に基づく各総所得金額、逋脱法人税額に関する事実誤認の問題が存することになるのであるが、これらの誤りは原判示第一、第二事実とも、トータルとして、損金である支出の部の額を過分に計算し、法人税法違反としては被告人に利益な総所得金額、逋脱税額が認定されていることとなるところ、本件においては検察官の不服申立がなく、被告人控訴のみであり、検察官は当審において前記の誤りある算出額を争点に対する防禦方法としても主張していない。思うに、事実問題については当事者主義が機能し、検察官が請求した訴因の範囲内で当事者が立証の責務を負い第一審における当事者双方の攻防を通じて実体形成された結果が原判決に結実する建前であるから、原判決に対して検察官から不服申立がなかつたときは、検察官は訴追を原判示の認定事実の範囲にとどめ、それを超えて被告人に不利益な事実認定を求めることを放棄したものといえるし、職権調査は、事実問題に関しては不服申立者殊に被告人に対し後見的なものであるべきであるから、原判示認定の範囲を超えて被告人に不利益な方向での職権調査をし、原判決よりも被告人に不利益な事実について判断をしてそのことのゆえをもつて事実誤認ありとして原判決を破棄することは許されないというべきである。本件において職権調査により原判示認定の各総所得金額、逋脱法人税額を超えて被告人に不利益な事実判断をして原判決を破棄することはできない。

してみると、所論はいずれも採りえず、原判決には破棄事由となる事実誤認もないというべきである。論旨は理由がない。

第二控訴趣意第二点 量刑不当の主張

論旨は、要するに原判決の量刑は不当に重過ぎる、という。そこで所論にかんがみ記録を精査し、かつ、当審における事実調の結果をも参酌して検討するに、本件各逋脱法人税額、不正行為の方法態様が相当悪質で酌むべきふしがないこと、二期とも欠損であるとして全く納税せず全額逋脱したものであること、納税義務の重大性等にかんがみると、被告法人及び被告人高橋の刑責は厳しく追及されなければならないから、本件以後の経理状況、納税状況その他所論諸事情を十分考慮しても、刑事処分の対象とされて訴追された被告法人を罰金二八〇万円に処し、被告法人の代表取締役である被告人高橋を懲役四月、執行猶予二年に処した原判決の量刑が不当に重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川寛吾 吉田治正 見満正治)

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